この記事は、慶應義塾大学の小論文の準備のしかたを学部ごとに整理したものです。川越・ふじみ野・鶴瀬のあたりで慶應を志望している高校生・既卒生と、その保護者の方に向けて書いています。
慶應には国語がありません。代わりに小論文があります。そして「慶應の小論文」という一つの試験は存在しません。時間も配点も型も学部ごとに別物です。以下は、EIMEI予備校が自作している慶應の入試対策読本から、要項・アドミッション・ポリシー・公開されている問題冊子で確認できた数字だけを使います。数値は2026年度入試のものです。自分が受ける年度の要項で必ず確認してください。
どの学部で、何点・何分なのか
慶應の10学部で現代文・古文・漢文を課す学部は一つもありません。代わりに10学部中7学部で小論文が、商学部B方式で「論文テスト」が課されます。課さないのは商学部A方式・理工学部・薬学部の3つだけです。
- 文学部 100点・90分(350点満点の28.6%)。第1時限。
- 経済学部A・B方式 70点・60分(420点満点の16.7%)。第3時限。2027年度から休止。
- 法学部 100点・60分(450点満点の22.2%)。第3時限。
- 商学部B方式 論文テスト 100点・70分(400点満点の25.0%)。第3時限。
- 総合政策・環境情報(SFC) 200点・120分(400点満点の50.0%)。第2時限。
- 医学部 60分。配点は非公表で、第2次試験として実施。
- 看護医療学部 70分。配点はなく、第1次では使わず第2次の選考に使用。
比率が最大なのはSFCの50%で、この2学部だけは小論文を主要科目として扱う必要があります。最小は経済の16.7%。また経済A・B方式と法学部には「一定点に達しないと採点されない答案」があり、英語などの指定部分が基準に届かないと小論文は読まれません(慶應の学部別の記事)。
学部ごとに、小論文の作りが違う
要項の「科目説明」を読み比べると、テーマの領域を名指ししているのは法学部だけです。
法学部 ― 対立する2つの意見+統計資料で800字
設問文が読み取れる形で公開されている唯一の学部です。2026年度は「意見1および意見2を踏まえ、より自由で安全な社会のあり方について、自分自身の考えを800字以内で述べなさい。なお、結論は問わない。」。資料は内閣府が令和4(2022)年3月に公表した「治安に関する世論調査」の概要。注意書きに「句読点も字数に含めること」とあります。
「結論は問わない」は、見ているのが論証の過程だという合図です。科目説明も「国家や社会の基本原理を中心とした諸問題について」と領域を名指ししており、2027年度の科目表には「資料やキーワードを与える場合がある」が追加されました。
文学部 ― 思想系の論考を90分で読ませる
2025年度の冊子から課題文の出典が読み取れました。沼野充義「それは君が何をどう読むかだ:地図のない〈世界文学〉の沃野に向けて」『現代思想』52巻12号、青土社、2024です。思想系の雑誌に載った人文学の論考という水準が分かります。科目説明は「資料を与えて、理解力、発想力、論理的構成力、表現力を総合的に問う。」。課題文を読み、要約し、論じる型で、90分は法・経済の60分より長く、読ませる分量も多いと考えるのが自然です。
商学部B方式 ― 「論文テスト」は小論文ではない
科目説明は「現代日本語で書かれたやや長文の資料や図表が与えられ、その内容についての理解力、論理的思考力、表現力を問う」。他学部にある「発想」「構想力」がありません。受験者平均点は100点満点の62.17点(62.2%)と、法学部の小論文(46.7%)よりかなり高く、客観的な読解が中心だと分かります。
SFC ― 10ページ超の資料集を120分で処理する読解試験
2026年度の問題冊子は総合政策が全16ページ(問題は4〜14ページ)、環境情報が全12ページ(問題は3〜11ページ)。他学部が数ページなのと比べると、これが「資料が大量」の実体です。アドミッション・ポリシーには要項にない「読解」が加わり、大学の資料でも「主題や問題を読み取り、分析して」と「読み取り」が先で「自分の考え」は後に置かれています。
出題形式も公表されています。2021年度は総合政策が「分析する問題(字数指定なし、図示)+論述800字以内」、環境情報が「算数・数学の問題+論述1000字以上+論述(図示)」。2022年度は総合政策が「分析する問題2問・各120字以内+論述1000字以内」でした。図示があり、環境情報では算数・数学が混ざる年があり、字数は120字から1000字以上まで幅がある。1つの型では足りず、2学部は形式が同じでも問題は別です。
医学部・看護医療学部 ― 位置づけが逆
医学部は第2次試験(60分)で、問題は一切公開されておらず内容は特定できません。ただしアドミッション・ポリシーの対応表では、小論文は評価対象4つすべてに関与し、「学習意欲・使命の理解・倫理感」と「コミュニケーション能力」は面接と小論文だけで測られます。学力試験というより人物評価の一部です。看護医療学部は逆で、小論文を「学力を検査する」側に置いています。
経済学部 ― 2027年度から休止
2027年2月の一般選抜から小論文を休止し、数学(A方式)と地理歴史(B方式)を150点・80分から200点・100分に拡大します。大学は「小論文を課すことによりはかろうとしてきた志願者の能力は、他の科目ではかれると判断しました」と公表しています。型を当てはめる練習だけでは評価されにくい、と読むべき文書です。
過去の出題テーマを分野ごとに
読本で内容まで確認できたのは次の範囲です。
- 国家・社会・治安/法学部2026年度。世論調査を資料に、自由と安全のバランスを論じさせる出題。
- 文学・文化・読むこと/文学部2025年度。〈世界文学〉をめぐる思想系の論考。
- 資料・図表の読解/商学部B方式。長文の資料と図表。
- 政策・環境・技術/SFC。大量の資料+図示や算数・数学を含む設問。
それ以外は公開資料から特定できません。志望系統で準備するテーマは、小論文の読本の学部系統別の頻出ゾーンが目安です。医療・看護なら医療倫理・地域医療・予防と健康格差、経済・経営・法なら働き方・社会保障・AIと仕事、社会・国際なら多様性と共生・移民・ジェンダー・SNSと世論、情報・理工なら生成AIの倫理・個人情報・技術と社会。準備するのは5つで十分です。賛成・反対の言い分と具体例を1つずつ持てば、初見のテーマにも届きます。
学部別に、何を準備するか
- 法学部/読む素材は官公庁の世論調査や白書の概要版。800字を週1本。対立する2つの意見を自分で立ててから書く練習を入れます。
- 文学部/思想・文芸系の論考を、90分で読んで要約して論じる往復を2週に1本。
- 商学部B方式/長文資料+図表を70分で処理する練習。書く量より読む速さと正確さに時間を割きます。
- SFC/過去問は課題文が非公開のものが多く、完全な形では入手しにくい。だから10ページ超の資料群を120分で処理する訓練そのものが対策です。白書や統計、学術的な論考を複数並べ、時間内に主題を取り出し、図に整理し、論じる。2週に1セット。
- 医学部・看護医療学部/問題が非公開で再現できません。医療・看護系の論点と具体例を持ち、面接の答えと矛盾しない形で言語化しておくのが準備です。
添削は1本につき2往復が最低ライン。書き直すところまでを1セットと数えてください。
要約の手順
読本が「要約し」と書いているのは文学部です。他学部で要約が独立の設問になるかは公開資料から確定できないので、要項で確認してください。手順は3段階です。
- 読みながら筆者の主張と、その理由に、2種類の線を引く。
- 要約では筆者の「答え」「理由」「まとめ」だけを自分の言葉で組み直す。具体例は原則削ります。
- 意見を求められたら立場(賛成・条件付き賛成・反対)を決め、筆者が使っていない理由か具体例を自分から1つ出す。
字数の目安は、200字なら主張1文・理由2文・まとめ1文。400字ならそれぞれ1文ずつ足し、具体例は入れずに理由を厚くします。筆者と同じ理由で賛成するだけの答案は、要約と区別がつきません。
書き出しの型と、避けたい書き方
中身は4つの部品でできています。答え(問いへの直接の答えを一文)→理由(2つ)→具体→まとめ(答えの言いかえ)。理由は2本を別の方向から、たとえば「自分にとって」と「社会にとって」で立てます。並べ方は基本型、比較型(一方の言い分→他方の言い分→自分の理由と具体)、課題解決型(現状→原因→打ち手→効果)、経験ブロックの4つで足ります。慶應法の「意見1・意見2を踏まえて」は比較型がそのまま当てはまります。
- 課題文を無視して言いたいことを書く。逆になぞるだけで自分の考えがないのも同じ失点です。
- 資料の数字を全部書き写す。いちばん大きい・いちばん変化した・予想と逆、のどれかを1〜2個選んで根拠に組み込むのが仕事です。
- 大きな言葉だけで書く。「多様性は大切だ」だけの答案は何も言っていない扱いです。大きな言葉を書いたら「たとえば?」と自分に聞く癖を。
- いきなり原稿用紙に向かう。時間切れと脱線のいちばんの原因です。
基本の作法は小論文の書き方の記事に。
時間配分を、分で決めておく
60分・800字(慶應法と同条件)の目安です。読む・線を引く15分→メモで設計10分→書く30分→見直し5分。書き始めるのはメモが埋まってから。文学部の90分なら読む25分・設計15分・書く42分・見直し8分あたり、SFCの120分なら資料の処理に半分近くを使う想定です。見直しでは、設問に答えているか・主語述語のねじれ・字数の下限の3つだけ確認します。問題冊子に試験時間は印字されていません。過去問は要項の時間で計ってください。
現代文との関係
慶應に国語はありませんが、小論文の課題文は現代文の評論とほぼ同じ地層から出てきます。文学部がその例です。
現代文の読本では、難関私大の現代文(評論)205題を分析し、前提知識がないと文意を取り違えやすい20概念を抽出しています。2024〜2026年度だけで178題、全体の86%を占める近年中心のデータです。20概念は身体・権力・社会・文化の4系統で、所有と贈与、ケアの倫理と脆弱性、他者論、権力と言説、AIと知能論、障害の社会モデル、格差と階級論、消費社会論などが並びます。
これらは知らないと誤読する概念です。「格差」を単なる分布の話だと読むと、それを生み出し正当化する「装置」として捉え直す筆者の議論の芯を外します。ある難関私大の2025年度の現代文では、この捉え方を40〜50字で説明させる記述問題が出ました。前提を知らないまま要約すると、主張ではなく具体例のほうを要約してしまいます。現代文の抽象概念の記事を先に読むと、課題文を読む速度が変わります。
いつから始めるか
高2。月30分で足ります。月末に1回、その月の出来事を5行(出来事・行動・結果・学び・つなぎ)で記録する。大人向けの文章を月に1章読んで3文で人に説明する。ニュースを1つ選んで「賛成か反対か+理由2つ」をメモする。この時期の本体は英語と地歴で、小論文はこの月30分で構いません。
高3の春(4〜6月)。志望学部を絞り、要項と過去問を集めるところから。慶應は試験問題と「出題意図および解答例」を公開していますが、直近2年分程度で掲載は期間限定です(医学部の小論文は対象外)。自分の学部の分は公開されている間に保存してください。書く練習は月1〜2本で十分です。
高3の秋(9〜11月)。ここから時間を計った演習に切り替えます。法学部なら60分800字を週1本、文学部なら90分を2週に1本、SFCなら120分の資料処理を2週に1セット。それでも英語と地歴の比重は落とさないこと。法学部の小論文の受験者平均点は2年続けて100点満点の44〜48点で安定しており、差がつきにくい科目です。過去問の進め方は過去問はいつから何年分やるかの記事に整理しています。
独学で詰まりやすいところ
独学で止まるのは、書けないからではなく、自分の答案の良し悪しを自分では判断できないからです。
- 設問に答えているか。知っていることを書いてしまう答案がいちばん多く、本人には答えているように見えます。
- 理由2本が本当に別方向か。言い換えて2回言っているだけ、は自分では気づけません。
- 具体が具体になっているか。抽象語の言い換えを具体例だと思って書いている例が多い。
- 要約に具体例が残っていないか。印象的な例のほうを要約していないか。
- 字数配分が設問の重みと合っているか。120字の小問と1000字の大論述が同居するSFCでは失点が大きい。
- 時間内に終わる速度か。計らずに書いた答案は本番と別物です。
この6つは書いた本人には見えにくい。だから添削の2往復が要ります。1往復めで指摘を受け、書き直して2往復めで確かめる。EIMEI予備校は1対1の個別指導なので、志望学部の形式に合わせてこの往復を計画に組み込みます(慶應の傾向と対策)。なお本記事の数値は2026年度入試が基準です。自分が受ける年度の要項で必ず確認してください。
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